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瑞泉寺(ずいせんじ)

鎌倉幕府の重臣であった二階堂道蘊が嘉暦2年(1327年)、夢窓疎石を開山として創建した寺で、当初は瑞泉院と号した。

足利尊氏の四男で、初代鎌倉公方の足利基氏夢窓疎石に帰依して当寺を中興し、寺号を瑞泉寺と改めた。以後、鎌倉公方足利家の菩提寺となっている。禅寺として、鎌倉五山に次ぐ十刹(じっせつ)の筆頭格の扱いを受け、以後、夢窓派の拠点として重きをなしたが、公方家4代足利持氏による永享の乱で衰亡した。

瑞泉寺は、文学や学問とゆかりの深い寺でもある。鎌倉時代には五山文学の拠点として栄え、近世には徳川光圀が自信の鎌倉旅行を『新編鎌倉志』として編纂をさせたという。境内には、久米正雄の墓、高浜虚子久保田万太郎吉野秀雄大宅壮一山崎方代吉田松陰などの碑がある。現在の住職歌人大下一真である。(wikipedia)